ESSAY

旅行記や散文のページです。
++ 春は花 夏ホトトギス 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり ++


音圧のバリア
伝説の剣を求めて・野望シリーズ2
第一級禁足地HONG KONG
雅なる戦闘
野望の熊野詣
楽しいロンドン愉快なロンドン
ささやかな「幸せ。」
/2006.06.20記
/2004.11.29記
/2004.09.23記 ++コチラの旅行の部屋に同旅行記アリ++
/2004.06.10記
/2003.12.01記
/2003.11.30記 ++コチラの旅行の部屋に同旅行記アリ++
/2001.02.11記



■音圧のバリア■

昨年末まで住んでいた仕事部屋は、
商店街真っ只中のマンションというか雑居ビルだった事もあり
騒音にはかなり寛容でした。
スーパーの呼び込み、テナントの店頭でのキャンペーン、
早朝の荷降ろし、泣き叫ぶ親と子、夜ともなればケンカ、
そして逃げる対象を追いながら上げる罵声、または陽気な酔っ払いの歌声、
加えて戦闘機のエンジン音にアタック音。
そんな音が満ち溢れる日常において、
わが仕事場のBGMが大音量になるのはいたしかたない。
…よね?



その自覚の芽生えは、
ある日、マンガのアシスタントに来てくれていた女性が、
音楽を流しながらの深夜作業中、ふと
「…実家で聴くより大きい音です。」と発した辺りと記憶しています。
とは言え、その時は「あれ?大きいかな?」
なんてボンヤリ思った程度でした。
見れば時計は午前一時を廻っています。
こんな指摘があれば、フツー「少し音量下げようね。」
と常識人のふりをするところですが、
私は全く気にする事もなく、その後も明け方まで
二人共通で好きなアーティストのアルバムを高らかに流し、
挙句に歌いながら作業し続けたわけです。
これ以降も仕事で締め切りがとても早く、
一気に集中力を高めなければいけない時など、
音楽の力を借りることが多々あるのですが、
ただでさえ好みがインダストリアルなのに、
力技のように音楽を使うものだから、
隣近所にはドッカンバッキンと
町工場じみた音が聴こえていたに違いないです。
オペラの時はちょっと怖かったかもしれません。
なにはともあれ、昼夜お構いなしです。
ヒドイです。非常識もはなはだしいです。極悪人です。

ところで、
皆さんはテレビのボリュームをMAXまで上げた事がありますか?私はあります。
ちなみにウチのテレビは一昔前のAVテレビ25型で、
工場出荷時の初期設定がかなり低音重視。
ご丁寧にウーハーなんかも付いていたりします。
当時、何を基準にテレビを購入したかはさておき、
さすが重工業三菱製、テレビのわりにインダストリアルを聴くのに最適です。
気まぐれにCDをDVDプレイヤーで再生しては、
及ばないコンポのスピーカー40Wの力不足を嘆いたりしておりました。
そんな最中は玄関のインターホンはおろか、
部屋の電話の呼び出し音さえ相殺されていたらしく、
のちに宅配不在票や留守電が知らない間に入っていたのを発見した時は、
さすがに改めた方がいいかも…との考えがよぎりました。
たぶん、この頃が一番の大音量だと思います。
しかし驚くべきは、こんなヤリタイ放題の音楽生活でしたが、
一度も苦情や注意をいただいた事がありません。
ちなみに部屋は防音されていませんでした。
そんなに大きな音がいいならヘッドホンを使えばいいんじゃない?
と、良識ある方々は思うでしょう。私も思います。
でも、ライブ会場に行ったことがある人はよくご存知でしょうが、
音は空気を振動させて伝わってきます。
そう、私はあのボディソニックの包まれる感じが気持ち良くって大好きで、
苦情がない事をいいことに、
一般家庭ではありえない音量で音楽を流していたのです。
しかし、そこである考えに到りました。
私にとっての音楽は外界と遮断するためのバリアである。



まず、大音量で部屋と外の空間を分けます。
同じくして音で自分自身を包み込むことで、体と精神の境目を明確にし、
更にその内側へと意識を向け内在するものを探索するのです。
…ううむ、言い訳に聞こえるぅ。

さて、半年程前に新しい仕事場へ引越しました。
新居でも音楽はほぼ毎日欠かすことなく流れつづけています。
でも以前のような大音量はなくなりました。
ボリュームの目盛が半分以下になったのは驚きです。
現在の仕事部屋は緑の多い静かな住宅地にあり、
風の音や木々の擦れる音や鳥の鳴き声も心地よく、清々しい様子です。
今や音楽は本来の意味でのBGMになっています。
きっと現在の私は、以前より穏やかな人間になっていることでしょう(笑。
いま思えは、商店街に面している部屋ってノイズがとても多かったのだと思います。
人の起こす様々な音。それだけ人がいるということは、消費電力も必然と高くなります。
電磁波や低周波も、さぞ多かったことでしょう。部屋の照明を落としても、
歩いたり物を取ったりするのにまったく困らない明りが外からもたらされてもおりました。
おそらく見えないところに、様々なストレスが相当あったと考えられます。
それで、ノイズを征すはノイズだったということなのかな。
うぅん、これも言い訳に聞こえる…。

ともあれ十年もの間、
マンションの一室で好き勝手に大音量で音楽を聴きまくれた事は、
なにものにも変えがたい幸せでございました。


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■伝説の剣を求めて・野望シリーズ2■ 2004.8.29〜31

この台風の当たり年、猛烈台風16号に挑むように奈良、名古屋へ向かう事になった。

29日午前二時頃、森さん黒崎さんが赤いコロナでやって来る。
東名高速道路上の車中では相変わらずRAMMSTEIN(運転しやすいんだそうだ)が鳴響き、
たわいもない話しからココには書けないような話しに明け暮れる。
途中ペーパードライバー森さんの、ちょっとスリリングな運転やETC絡みのハプニングを楽しみながらも浜松越え。
夜明け前には、行く手に大量のサギや編隊を組んだガンなどの鳥を上空に認めたり、
サービスエリアで素うどんに醤油を掛けただけ? の伊勢うどんを食したりで真新しい伊勢湾岸道路へ。
出来立ての道路はなだらかで快適。しかも30kmにも及ぶのだから眠くなりそう。
ドライバーでない私は朝焼けを背にした赴きあるコンビナートにうっとりしたりしてました。
そうこうするうち国道やらを乗り継ぎ奈良の針テラスに到着。



今回も隣接のフィットネスバードで温泉と休息。ココの温泉は体力消耗に良く効くようで、
早々に回復し石上神宮へ。日本最古の神社の一つとして有名なこの神宮の建築物は、
神仏合習の名残か寺と神社が混ざったような様式をしていて不思議な雰囲気を醸し出しています。
神武天皇東征に力を発揮したとされる神剣 布都御魂大神を祀っています。
他に剣の刀身が鹿の角状に枝分かれした珍しい形の刀で国宝にも指定されてる七支刀や
草薙の剣も祀られています。ややこしし事はさておき神代の名剣の傍にいると思うとワクワクします。
禁足地と本殿は表からは殆ど見えないのですが、木立の隙間から垣間見た
本殿二階部分に真白な幣がズラッと並んでる様はとても興味を惹かれました。
境内で珍しい鶏を見た後、169号線を南下し四季折々に咲く花が素晴らしいと「花の寺」と呼ばれる長岳寺へ。
境内でミニ八十八箇所霊場巡りが出来るらしいのですが、ミニとは言え険しい山を登る事には変わりないよう。
目的外だし、玉眼の仏像としては日本最古という本尊の阿弥陀三尊像を参拝し、
本堂にあった血天井の足跡に恐怖するにとどめる。庫裏では「酔芙蓉の見頃はもうすこしね」
と言うおばあちゃんに湯がいてもらった三輪そうめんを戴く。三年物でとても美味しかった。
更に南下。なぜか森さんの熱烈なリクエストで岡寺へ行く。
コチラも「花の寺」と呼ばれていて境内はツツジなどの株があちらこちらに。
散策中、シマヘビやオニヤンマなど普段見かけない生き物と出会い夢中。
ご本尊は日本で最大最古の塑像 如意輪観音像。茶屋でワラビ餅を食し下山。
今度は黒崎さんのリクエストで壺阪寺に向かうが、午後5時閉山と言う事で中に入れず、
地元特産品などを扱う吉野路大淀iセンターでお土産を買う。暗くなりつつある中、今夜の宿 洞川温泉へ。
前回とは違う宿なのだが、同じく二間占拠でゆったり食事して温泉に浸かって就寝。

30日。いよいよ台風16号とガチンコ。雨風の強さに目が覚め午前5時起床。
雨の降る庭をぼんやり見ながら温泉に入り、部屋に戻り布団に突っ伏しもう一回寝る。
八時半にボーっと起き出し、品のよいお味の朝食をいただきながらようやく頭を覚ます。
台風で気圧が低いせいか珍しく三人共々寝起きが悪い。宿に珈琲を切望し、なんとか正気になる。
「台風だから早く帰んなさい」と宿のおばあさんに言われるも、強気な我らは車に乗り込み天河神社を目指す。
並行する川の増水ぶりに驚きつつご祈祷を受ける待ち時間に、禊ぎ代わりの天川温泉へ。
午後1時ご祈祷。凝った祝詞の内容にホクホクでしたが「早く帰んなさい」と神主にまで言われ大人しく下山。
台風の当たり年と言われる今年、昨年利用した熊野までの道が次から次に分断されて
通行止めになっている事を考えれば当たり前です。今回はここで引き返すことに。
それで昨日は入れなかった壺阪寺へ行く。もうねぇ、このお寺は筆舌に尽くしがたく、とにかく愉快。
まず到着すぐ柿の葉寿司を食しながら眺めた壺阪寺の第一印象は、なんというか…正直ウサンクサイ。
西暦703年に弁基上人によって開かれた霊山という割にだだっ広く全てが真新しい。
拝観受付所はじめ階段などのコンクリートにヘタレ感が全く無く、山門の朱塗りさえピカピカ。
しかもアチラコチラが工事現場という有様。内心かなり訝しげに思いながら階段を上り回廊に出る。
境内にある三重の塔と礼堂はワビサビでかっこい〜。そのギャップに違和感を持ったまま、
回廊のご朱印をいただける所へ。さりげなく「新しい物がたくさんありますね〜」と言ってみたところ、
火事で焼失し再建中と住職。それじゃあ仕方ないですね、胡散臭いとは失礼いたしました。
それでも藤原時代には今の高野山を凌ぐ大伽藍だったのが、4回もの度重なる火災で諸堂を焼失。
おまけに平成には台風により仁王門倒壊などとあっては少し恩恵を疑ってしまう。
現在は室町時代に再建された重文の礼堂や三重塔、江戸時代に建立された八角円堂の本殿の他、
南印度カルナタカ州カルカラでインドの石彫師達が製作し、海を渡ってやって来た
御丈約28mの大観音石像や釈迦の涅槃石像や、全長50mはある石造仏伝図レリーフ、
天竺渡来石造大石室などもあり、信仰はかなり集めている模様。特に眼病。
あと浄瑠璃「壺阪霊験記」の沢市とお里の像なんかもあったりする。
多分この辺り↑が怪しく見える要因なのだろうけど。
しかし、ご本尊の十一面千手千眼観音菩薩は愛らしくと〜っても美しいです。見惚れてしまいました。
本堂内ではエキゾティックな出土品が展示される中、コレはビックリ! という物を発見。
まるで飲み物の自動販売機と見まごう自動星宿授与メカ「星くん」だ!
星宿とは中国の占いの一つで誕生日で運勢を見る物なんだけど、自動、ですよ?
ガチャンガチャンと、かなりの機械音の末排出されたのはおみくじのようなお札とパウチされたお守り。
更に「星くん」に貰ったデータを住職の所に持って行き、住職用書籍を出してもらってまで詳しい占い内容を聞く三人。
結果は支障があるので伏せるとして、境内には境内の魔よけ橋(写真に撮ると効果ありなんだって)や
沢市&お里がダイブした崖などがあって、まるでアミューズメントパーク。ラベンダー園も有名。
…面白すぎるぞ、壺阪寺。昨日無理して来なくて良かった。とまぁ、散々楽しんだ挙句、一路名古屋へ向かう。



この旅行中、台風直撃だからといって特に困らなかったけど、
名古屋までの高速移動中、強風に煽られ横滑りする我らが愛車コロナくん。
まさか後部座席でタイヤが滑る感触を味わえるとは思いもしませんでした。
いつも愉快な黒崎さんが黙って運転していて怖かったです。
さて、名古屋の道路は通称「100m道路」と呼ばれるだけあって、とても綺麗で広い。
片側4…車線?5車線? 日本にこんな道路が存在するの!? と驚いていてばかりでは事故の元。
とにかく右折するのも一苦労しながら、なんとかホテルにチェックイン。
移動に疲れたのでタクシーで名物の味噌うどんを食べに山本屋本店へ。
目の前に置かれたのは味噌うどん専用の一人鍋。さっそく食しようとしたら「食べ方知ってます?」
フツーに食べちゃダメなの? 「蓋に取り分けて食べるんです」とは。周りを見ると皆やってます。
熱くて食べにくいからなんだって。世の中にはいろんな作法があるなぁ。
帰り道は腹ごなしに歩いてホテルまで戻りました。明日の予定を立てつつ就寝。

31日8時ごろ起床。台風は夜のうちに通過した模様、相変わらず旅に支障ナシ。
さあ名古屋の朝です。初の名古屋入りで確認せねばならない事がひとつ。
さっそくホテル近くのフツーの喫茶店で朝食をいただく事に。
来ましたよ〜、350円くらいでトーストとゆで卵と珈琲の名古屋モーニングセット。
小倉あんトーストはセットになかったので別に頼んで三人で分けて食しました。
食べなかったけどメニューにはホイップクリームがどっさり乗ったクロワッサンというのもありました。
朝から面白かったけど、カフェラテがミルクっぽすぎたので私だけスターバックスへいつものソイラテを調達に向かう。
なのに…名古屋のスタンダードはミルク多め? 2ショットプラスしてもらえばよかった。むう。
人心地ついたところで、南に30分ほどの位置にある熱田神宮へ出発。
熱田神宮は、三種の神器 草薙神剣が祀られている事で有名な神社なのですが、
「熱田さん」と呼ばれ親しまれているだけあって境内はアットホームなムードです。
ただ昨日までの台風で鎮守の森の参道には折れた枝などが転がってました。
本宮は品のいい神明造りの銅板葺で、拝殿は東西翼廊を付設してます。
本殿は白い玉石を敷き詰めた禁足地の奥にあってとても気になります。
本宮の南に別宮があって、こちらも品のいい造りで同じく玉石の禁足地の奥が気になります。
他にも十二摂社、三十一末社が祀られて順に廻る。そして期待の宝物殿はと〜っても良かった。
もうねぇ、仮面、武具好きには堪りません。まず入り口には真柄十郎左右衛門という武将が、
実際に戦場で使ったとされる刃の長さ221.5cmの太郎太刀が出迎えてくれます。
そして重文の陵王の面や備前長船兼光が間近で見られるなんて〜。感激!!
しかし日本刀に被りつきいてウ〜ットリしていると、その様子を不審に思ったのか、
警備のおじさんが「女性が三人揃って日本刀が好きなの?」と、なんとなーくの口調で聞いて来る。
刀剣目的の我らの答えは早かった。ええ、大好きですとも!!!
あまりの美しさに心ココにあらずでしたが、お腹は減ります。
というわけで名古屋と言えば「ひつまぶし」。が、調べておいた熱田神宮南にある専門店は定休日。
お腹が減ると元気がなくなるのは人の常。さてどうしよう。と仕方なく車に乗り込み当てもなく熱田神宮を後に。
…が、ラッキーな事に車を走らせてすぐに「ひつまぶし」のお店を発見。
飛び込み入店でしたが気さくな女将と旦那が迎えてくれました。お味も美味しかったよ〜。
一杯目はそのまま、二杯目は薬味を載せて、三杯目はお茶漬けで戴きましたとも!
大満足で名古屋を後にしたのでした。

そうそう、伝説の剣と言えばもう一振り。

■鹿嶋&香取■ 2004.9.26

そこは茨城県鹿嶋市 鹿島神宮。
東征に窮した神武天皇が、武甕槌大神と布津主神の神威に助けられ、
その感謝もあって紀元前660年この地に勅祭されたそうな。
私としては地震を起こす大ナマズを抑える要石のある神社程度の認識だったのですが、
長さ約3mの布都御魂剣が在ると言うからには行かねばなるまい。

前の晩の黒崎氏宅での久保田万寿(産地直送メチャウマ!)の酒盛りは一体どこへ? と思うくらい爽やかに出発。
森さんと合流し、私の人生最北の地へ急ぎます。渋滞を避けたこともあり早々に到着。都内からだと意外と近い。
境内は天然記念物の森に囲まれていて、しっとりとした空気がいい感じ。
さっそく大鳥居の所でボランティアのおじさんに案内をお願いする。
境内の見所や由来や写真のポイントなどを教えてくれます。
残念ながら重要文化財の楼門は数年前の台風により倒木被害で倒壊してしまったそうです。
写真を見せていただきましたが朱塗りですごく綺麗でした。ああ、もったいない。
奥宮の更に奥にある要石の前には、手をかざした(5分はゆうに)スナックなんかに居そうな年配の3人組や、
黒いスーツの妙に姿勢のいい男性が印を作り祝詞だか真言だかを唱えていて、かな〜り怪しかったです。
戦いや旅立ち前に参拝すると良いご利益があるそうなので、皆さんなにか意気込みがあったのでしょう。
ボランティアのおじさんに連れられ、七不思議の禊ぎ斎場 御手洗池や境内で飼われている神獣の鹿などを見、
最後に案内された宝物殿にそれは在りました。国宝「直刀」。
約1300年前に製作された武甕槌神の神剣だそうです。伝説の剣が目の前です。
うわぁ〜。と感動していて気がついた。鹿島の祭神は武甕槌大神の一柱。相棒の布都御魂剣は?
と言うわけで、参道でナマズ料理(白身で美味しい)を食した後、利根川をはさんで対峙する香取神宮へ行く。
神剣の経津主大神がなんで別に祀られているのかはこの際置いといて、意外と広いぞ、この神社。
重要文化財の楼門と権現造の本殿は関東らしいゴージャスな建物。本殿は黒と金でかなりカッコイイ。
でもなーんか全体の雰囲気が寂れてる。ともかく宝物殿を見てみましょう。
自衛隊の寄贈品がたくさんあります。目当ての刀剣は2階のようです。
む…、カビ臭い。いや〜な予感がしました。そして…ぎゃーっ、刀身に水滴がぁっ!!
経津主大神のお膝元での刀のぞんさいな扱いに、見に来た我々の方が驚きましたよ…。
社務所には伝えたけど改善されたかしら。心配です。
気を落ち着けようと参道へ戻り、お茶屋でおしるこを食し再度境内の散策開始。
それにしても要所要所にお金が掛かってるし天皇お手植えの樹木もある由緒正しき神社のはずなのに、
鹿島と違って案内等含めこのいい加減さやる気の無さは一体どういうこと…何か隠してる?
グルグル考えていたら人気の無い森の中へ入り込んでしまいました。
おや、何かあるぞ。大ナマズの尻尾を抑えてる凸の要石ですって?
実際この時まで知りませんでした、要石に陰陽があったなんて。
鹿島の要石が凹で武甕槌神…香取の要石は凸で経津主大神…比売神…。
ははーん、なるほど関係が読めてきました。って、ちがぁーうっ、コレはただの旅行記っ。
でも民俗学は楽しいなぁ、面倒くさいけど。



いろんな不思議を抱えたまま都内へ戻り、日帰り旅行の予定だったにもかかわらず、
三人揃って酔った頭で明け方まで憶測を飛ばしまくる。それぞれの見解がとても面白かった。
それはともかく、鹿島神宮の布都御魂剣はレプリカで春日大社に本物があるなんて言われちゃ〜ね〜。
たぶん兄弟剣なんだろうけど、物部氏の敵である藤原氏の氏神を祀る春日大社にあるっていうのがどーもねー。
それに鹿島の武甕槌大神が勧請されてるのもねぇ。とりあえず春日、行くか!? って、だから調べてどーする、私。
野望シリーズ3に続く!…かもしれない。


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■第一級禁足地HONG KONG■ 2004.2.7〜10

「ホンコンはねぇ、ゴハンが美味しいの〜」 「良いですねぇ、中華料理は大好きですよ〜」
「でも大人数じゃないと色んなの食べられないの〜」 「中華は二人でもキツイですからね〜」
「それに、この時期だとセールもやってるの〜」 「良いですねぇ、半額以下は魅力ですね〜」
「だからねぇ〜、ホンコン行かない?」
…という訳で、またしても電話中イラストレーターのトモミさんに誘われ、
あれよあれよと二度目の海外旅行へ出る事になりました。

  2月7日。
9時45分発香港行きの飛行機に乗り遅れないよう、
新宿6時35分発の成田エキスプレスにスーツケースごと雪崩れ込む。
香港までの飛行時間は4時間あまり。時差はマイナス一時間。
香港と言ってすぐ頭に浮かぶのは「九龍城砦」や「返還」程度の私はとにかく好奇心でワクワク。
特に事件もなく到着した香港国際空港は中々キレイ。現地はあいにくの雨で、
気温も9℃と、この時期にしてはかなり低いらしく結構寒い。
書類だけで済む入国審査を楽々クリアし、市内への足エアポートエキスプレスに乗り込み、
窓から見える折れそうなくらい細長い建設中のビル群に中国なんだなぁ〜とよく解らない感慨を覚える。
宿泊ホテルが九龍半島の反対側に位置するため重い荷物を持ち歩くのもなんだね〜って事で
九龍駅でタクシーに乗り換え、宿泊ホテルのカオルーンシャングリラ(九龍香格里拉大酒店)へ。
ロビーのカウンターでチェックインを、と思っていたら案内係らしき人物がトモミさんに挨拶。
ほとんどお帰りなさいという感じでエレベーターホールへ導かれる。
よく解らないまま最上階のホライゾンと呼ばれるフロアに到着。
そしてフロア専用のカウンターでの椅子に座ってチェックインを済ませるというセレブな扱いに、
あっけにとられたままの私はお部屋へ案内され更に大きく口を開けることに。
あのー、入り口からベッドが見えないんですけど。
中に入ると鏡をふんだんに使ったお部屋。小さいながらバーカウンターもある。
机にはアーロンチェアが普通にセットされてる。白くて広いバスルームも鏡多し。
そしてなんといってもベッド! えっとぉぉキングサイズ…より巨大に見えるんですけどぉ。
しかもすごく高さがあって、とても好み。…欲しい(寝具好き・笑。
今回は、同じ期間に香港旅行をされているトモミさんのお友達とコネクティングルームに宿泊。
到着時はお隣はお留守で二間を繋ぐ扉は閉じられていました。
とりあえず荷解きをして5.1チャンネルなどの設備を確認して遊ぶ。
そこへトモミさんのお友達で香港在住のヒサコさんがいらっしゃいました。
ヒサコさんにはさっそくお土産を頂き恐縮、ありがとうございます。
それから中国圏の旅行記念なら印鑑でしょうってことで、
3人でペニンシュラホテル(半島酒店)のタンズへ。がっ、通りすがり目が痛い。
スワロスキー初め宝飾店の巨大な翡翠や巨大なルビーやらのキラキラ光線はもちろん、
なんと憧れの靴屋さんマノロ・ブラニクに「SALE」の文字がっ!!
マノロには引き寄せられるように入店するも、まだ早い(?)とヒヤカシただけで目的の印鑑屋へ。
タンズでは日本と比べ物にならない程の素材と書体の種類の多さに悩みまくった挙句、
斜めに入った模様がいい味出してる赤縞瑪瑙をチョイス。二日後の完成が楽しみ。
更に移動がてら旅の楽しみの一つ超級市場(スーパーマーケットね)を覗く。
茶葉や干物(貝柱、ナマコ、果物など)の豊富さはさすが。片隅ではハムの切り売りコーナーも。
得体の知れない漢方薬茶などをお土産に購入し連れて行っていただいたのは街中の大衆食堂。
食材の蟹や大きな魚のぶつ切りなどが無造作に置かれ広東語(?)が飛び交う店内で、
先に到着されていたトモミさんのお友達、フジコさん、ヨオコさん、シカさんと円形のテーブルを囲みご挨拶。
皆さんそれぞれに香港を満喫されていて、料理を楽しむ時などにこうしてお集まりになるのだそう。
さて、座ったとたんにサーブされたのは揚げたシャコ。え〜イキナリ〜。これ食べたかったんですよ〜っ!
スパイシーで香ばしくってメチャクチャ美味しい〜。予想以上の美味しさにいきなり満足なんですが。
他にも胡椒がメチャクチャ利いたモツスープとか蒸したり炒めたりの料理を堪能。
泣きそうなくらい美味しかったけど無理やりデザートまで辿り着いた時点でオナカいっぱいでギブアップ。
もう食べれない、と戻ったホテルの窓際のソファからはヴィクトリア湾越しの100万ドルの夜景。
「旧正月中だともっとキレイなのよ」とトモミさん。いえいえ十分キレイです。
超キングサイズのベッドは二人で横になってもまだまだ余裕。
いやはやゴージャスな夢が見れそうです。



2月8日朝7時頃起床。
相変わらずの雨と低気温。身支度し食堂へ。
この食堂はホライゾンフロアの宿泊客しかこないらしく、ゆったりと朝食が取れます。
香港島を見下ろす大きな窓際でフレンチトースト、ビュフェコーナーのフルーツなどをいただく。
少しくつろいだ後スターフェリーで香港島入り。予定ではビクトリアピークに登るはずでしたが、
雨でガスが出ているようだし果たして面白いのか? という訳で、ウインドウショッピングをする事に。
とりあえずプリンスビル(太子大厦)とアレキサンダーハウスを脅威の値引き率に驚きつつ巡回。
一休みがてら飲茶に連れてっていただく。美味しい、けど量が多くてたくさん食べれな〜い(泣。
腹ごなしにランドマーク(置地廣場)と再度プリンスビルでウインドウショッピング。
この間、タブラというパシュミナ屋(?)で赤色の初めてのパシュミナを購入しました。
ビーズやスパンコールも眩しい店内には、インド風のブラウスなども豊富であれもこれも気になります。
トモミさんもあれこれ気になる品があるようで、この小さなお店には結構長居してしまいました。
それにしても香港のショッピングセンターは目の毒多し。いたる所にトホーもなくキラキラする物が〜。
おまけにグッチ、サンローラン、アルベルタフェレッティ、ディオール、マノロ〜。終わらない誘惑に疲れ果て、
逃げるようにマンダリンオリエンタルホテル(香港文華東方酒店)でアフタヌーンティーをする事に。
甘い物が美味しいよう。と、スコーンに塗ったジャムの不思議な味に気を取られる。
ローズペダルジャム、薔薇ジャムです。薔薇ジャムは以前から幾度となく試した事はあったのですが、
薔薇100%のウムム…な味の物しか知らなかったので、やっと見つけた〜ってカンジです。
気に入ったのでお土産候補。そうこうする内に夕食の時間が近づいてきます。
荷物もあるし一旦ホテルへ戻る事になったのですが…この時、生まれて初めてついにやっちゃいました。
I’m lost! つまり迷子です。
トモミさんに頼りきりの海外旅行2回目。初めての香港。おまけに英語なんて話せない!!
辺りを見渡せどトモミさんの姿は見えず、マズイ、このままでは捜索願いを出されてしまう。
いや待て、ホテルへ戻るところだったのだから、自力でホテルまで帰り着けばなんとかなるかも。
…その考えにいたるやいなや何事もなかったように香港人を装い現在地を確認する事に。
とにかく目の前の中国語をなんとか解読(漢字って有り難いね)。するとフロア別に行き先も路線も違う、
わっかりにく〜い構造のセントラル(中環)駅構内である事が判明。
手短な情報源かもと手にした地下鉄チケット裏の路線図で行き先を確認。
どうやら意地悪なくらい角度厳しい角を曲がった通路の、更に下のフロアに乗るべき路線があるらしい。
完全に死角です。そのダンジョン具合にちょっと怒りを覚えたものの、ボ〜としてはいられません。
ドキドキしながらチムサアチョイ(尖沙咀)駅まで移動です。
なんとか駅に到着出来た。しかし今度はホテルがどっちにあるのか解りません。
なにかしら足がかりになるかもと思って昨日行ったペニンシュラへ向かう。
でもその考えは甘かった。似たような建物、似たような通り、似たような工事現場。
ペニンシュラからどう行ったら良いのやら全く解りません。くそーっ、直線距離で500メートルくらいなのに!
観念してタクシーを拾う。そして何とか無事にホテルへ帰還。
キーは持っていたので部屋で連絡なりを待つ事に。
一人まんじりともせず待つ事30分、トモミさんが戻ってきました。
「誘拐されたと思った〜」の第一声。
ごめんなさい、ごめんなさい、ご心配をお掛けして本当に申し訳ありませんでしたっ。
この日の夕食は昨夜のメンバーに香港人のミシェルさんが加わり名物の火鍋。
迷子の話をすると「よく無事に戻れたね〜」と言われてしまった。
「香港はもう来れるね」とトモミさん。「まっ、まだ一人にしないでくださいっ」と即答の私。
火鍋のお店は大盛況で、深夜12時を過ぎる頃もう一回ピークがあるほどという。
グラグラ煮えたぎる鍋に大量の野菜やお肉を放り込み、これまた大量の海老やシャコをムシャムシャ。
安堵感もあってかとても美味しかったです。ホテルのラウンジでくつろいだ後、就寝。
ふー、生きてて良かった。

  2月9日朝7時頃起床。
ようやく念願の快晴。カーテンを開けると香港島の左側から朝日が昇る。
夜景も良いけど夜明けも良いです。シャワーを浴び食堂へ。
なぜかお決まりとなるテーブル席に着くと、これまでになかった窓からの直射日光&反射光が眩しい。
強い光は苦手なのだけど旅先では晴れている方が気持ちがいい。
朝食には卵の乗ったマフィンをオーダー。香港のお店は11時頃の開店がほどんどなので、
これまた当フロアのラウンジ(奥に会議室があって椅子はぜ〜んぶアーロンチェア、
会議…するの?ここで?)や部屋でまったりしノ〜ンビリと出発。
今日はヨオコさんも一緒です。フェリーで香港島入りし、
昨日行けなかったヴィクトリアピークを目指しピークトラムに乗り込む。
これはすごいぞ。全座席山頂方向向きなのには意味がある。
最大傾斜角38度ともいわれる(実際は4〜27度らしい)急勾配を登るケーブルカーは
それだけで面白い。途中、停留所もあって人が乗り込んでくるが、
車内は座るかどこかにしがみ付いていないと重力に負けて転がってしまう。
座っていた私は殆ど横になるくらいの感覚に笑ってしまったが、立っている人は大変だろうな。
山頂はとても寒かったけど、香港を一望できる素晴らしい絶景ポイントでした。
ちょうど良い頃なので山頂にある山小屋風レストラン・太平山餐廰で昼食を取る事にしました。
せっかく晴れたので眺めの良いテラス席を選び、緑に囲まれた美しい空間にリゾート気分を味わう。
出て来たお料理は二段に盛られた大量のシーフード。ヨオコさんとシェアしたもののとても食べきれません。
トモミさんも別のお皿で食べきれていないようだし、この量どう思います?
さて、山頂でのお土産に意味もなく妖しくも手作りっぽいシンプソンズの筆箱(ボブが好き)を購入。
その他山頂でのお買い物を済ませ再びピークトラムへ。
バスまたはタクシーでも山は降りられるのですが、後ろ向きに進むケーブルカーに乗りたかったんです。
セントラルへ戻ったところで一旦ヨオコさんと別行動。トモミさんの「もう一回行っていい?」とは昨日のパシュミナ屋。
計三回の来店となりました。その後マンダリンのショップでチョコとローズペダルジャムを購入。
ヨオコさんと合流し、細長〜い二階建ての路面電車でコーズウェイベイ(銅鑼灣)へ。
コーズウェイベイは、とにかく人が多くて渋谷みたい。通りすがりに見つけた蝶模様の赤い財布を購入。
不思議な事に、この旅では一日に一つ赤い物を買っている。
散策に買い物にと楽しんだ帰り道のフェリー船上では、間近に100万ドルの夜景を堪能。
この日は朝から晴れて空気が澄んでいたせいか光の洪水。確かにこりゃすごいわ。
ふと、中華人民解放軍ビルもライティングされている事に気づき、ひとりほくそえむ。
その足でペニンシュラへ寄りマノロで靴購入。だって50パーセントOFFなんだよ〜。
なぜか泣きながらタンズでオーダーした印鑑を回収。
印鑑とおそろいの赤縞瑪瑙の朱肉入れ(薔薇の彫刻入り)と赤い箱にセットし、
更に赤い巾着に入れて完成です。美しい〜。別バージョンも頼めばよかった。



ホテルへ戻ってラウンジでチョコをつまみにシェリー酒などを飲みゆったりと団欒。
入れ替わりにやって来る人たちとの楽しいひと時に、こういう旅もあるんだなぁと思いを深める。
そうこうする内に夕食の時間です。今晩はヒサコさんのご案内でSOHOと呼ばれるおしゃれな地区へ。
全長800メートルのヒルサイドエスカレーターで行った先は、こじんまりとして可愛らしい新中華料理のお店。
現れたウエイターは黒いチャイナ服で笑っちゃうくらい香港イケメン(笑。
せっかくなので招紅酒を頼むとプラムを入れるか聞いてくる。梅干? とりあえず後でね、と答えて乾杯。
ウマイーっ。新中華料理は洗練されていてとても美味しいがっ、とてつもなく辛いーっ。特にキクラゲ辛ーい!
美味しいんだけどHOTな料理が続き、箸休めに頼んだシンプルなキュウリのサラダのまた美味しい事。
胡麻油の風味が堪りません。プラム入り招紅酒にもチャレンジ、ほんのり甘くて辛さに痺れた口に美味しい〜。
おなか一杯になり、せっかくの夜景を思う存分って事で海沿いの道からホテルへ。
その道すがら、夜景をバックにしたカップルや残っていた赤い旧正月飾りなどをヒヤカシ、ホロ酔いに拍車。
ホテルのラウンジで食休みし部屋へ戻ると先に帰国されたシカさんからチョコケーキのプレゼントが。
さっきまでの暴飲暴食を思い出し、ちょっと途方にくれたものの皆でとても美味しく戴きました。

2月10日快晴。
朝7時頃起床しシャワーと朝食。帰路につく準備を始めるがスーツケースは意外と余裕。
ホテルのショップでお土産などを買いラウンジで最後のお茶をしてチェックアウト。
帰国はトモミさんヨオコさん私の三人。「ちょっと時間があるね」と、
私が小龍包を食べたがっていたのを覚えてらっしゃったんですね、
迫りつつある出発時間の隙を突いてに飲茶へ連れて行ってくださいました。美味しかったです。
タクシーで空港まで行くと言うのでちょっと驚いたものの、なんと300HK$(約4500円)程で到着。
チェックインして待ち時間に少し本屋などに立ち寄り中国写真集などを購入。
値札の「香港$」と併記された「元」がちょっと嬉しい(レートはHK$と同じ)。
2時30分頃搭乗。帰りのフライト時間はすごく速くて3時間15分程。着いた成田はとても寒かった。

香港の3日間は、とても優雅なホテルライフとアットホームな旅というものを満喫させていただきました。
あまりに楽しかったので癖になりそうです。ただ帰国後に恐ろしい事が判明。
体重がっ、増えてぇっ!…そりゃぁ、あれだけ好き勝手大量に食べてればあたりまえですね。
その後、事無きを得ましたが、衣食住すべての誘惑物があまりにも多すぎると考えに至り 私的警戒都市に認定。
一週間いたらどうなっていた事やら…。香港、恐るべし。


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■雅なる戦闘■

「投扇興」という遊びをご存知でしょうか。
台の上の蝶に見立てた銀杏形の的を1メートルほど離れた位置から広げた扇子を投げて落とし、
扇子と的の落ちた形を源氏物語54帖のタイトルになぞり採点し優劣を競う、
江戸時代のお座敷遊びのひとつです。

 

4月10日土曜日。
今年で参加4回目となる浅草伝法院「投壺と投扇興の集い」のため早朝より和服を着付ける。
なんとこの会の趣旨は「雅であること」。適っているかはさておき、
ほぼ黒色の小紋に黒と銀の帯、朱の帯揚げなんぞで気合を入れる。足袋はもちろん純白。
意気揚揚と出かけた観光客でごった返す浅草雷門にてK崎女史と待ち合わせ。
蒼い和服姿のK崎さん、さっそく外人の観光客にカメラで撮られてました(私は逃げた)。
仲見世通りと平行する路地を抜け伝法院へと移動する。門前にていつもこの会に誘ってくださる、
小説家のK又さんご夫妻らと合流する。いつもありがとうございます。どのくらいありがたいかと言うと、
伝法院は浅草寺の本坊(住職の宿坊)と言うプライベートな空間であるが故か、
本来きちんとした手続きをして許可を頂かないと裏門の写真撮影さえ許されないとても由緒ある場所なのです。
お誘い戴かなかったら一生立ち入る事は無かったでしょう。といった訳で、
年に一度のこの春のイベントは、私にとってもとても貴重な体験なのです。
参加受付を済ませ敷地内に足を踏み入れると、目の前に小堀遠州作といわれる江戸初期の回遊式庭園。
そのお庭を見下ろすように建てられた大書院の繊細かつ重厚な佇まい。
とても東京とは思えない静かで美しい空間が広がる。さらにお庭を往く老若男女の
興を凝らした和服姿はちょっと浮世離れしていて、普段とは違うゆったりとした時間の感覚が心地よい。

さて、「投扇興」の競技参加は、いつもの個人戦ではなく団体戦への参加ということで、
主催の浅草観光連盟の挨拶、地元名士の方々の挨拶、「投扇興」の原型とされる「投壺」の実演、
普段見ることが出来ない浅草芸妓連の舞、昨年の優勝者の特別試合を一通り観覧後、
待ち時間にノンビリと大量の亀が住んでいる池を眺めながらお庭の散策。
お庭越しに五重塔を眺めていると一羽の鵜が飛んで行った。…ここホントに東京ですか?
頃合もよく、東屋に腰掛けK崎さん手作りのお稲荷(美味しかったよ〜)を頂いていると、
「振袖さん」のUららさんが淡いピンクの和服姿で合流。Uららさんはお仕事の都合で時間が無く、
早々に退席というわけで個人戦へ参加とのこと。団体戦は5人一組だから、
予定では隊長のK又さん以下は女性陣となるはずなのだが…どうやら思惑は外れたらしい(笑。



そしていよいよ、我々「隼扇闘連」のデビュー戦!
えっ?あのぅ…それって加藤と戦闘隊ってヤツじゃぁ…モゴモゴ。
がっ、軍神・加藤少将(言ってるし)のご加護か!いとうせいこう氏率いるチームに勝ち抜け、
二戦目の浅草芸妓連の華やかなるもパワフルなお姐さんたちに勝ち越し、なんと決勝進出。
浮かれて特別に設えられた広間中央の決戦場を見ると、いつもの的より5センチほど位置が高い。
なんてこと!正式仕様と言う事で箱の下に土俵がっ!!一応「雅」を趣旨とする会なので、
「勝つ!」なんてことは口が裂けても言葉にしません(嘘です、コッソリ言ってます)。
「優雅に」「粋」に対戦するのです。ともかく目線が今までと違うため、これはとてもやりづらい。
ただでさえ開け放たれた風通しの良い会場で、本来投げるべき物ではない扇子を投げるのです。
おまけに決勝戦と言う事でTVカメラも狙っている! いやいや、弱気でどーする。対戦というからには勝たなくちゃ!
なんてあられもない事を考えたせいか、案の定「及ばず」(←負けの意)。
対戦相手のチーム名は「都流戯(つるぎ)連」。なんて物騒な対戦だったのか。
ちょっとガックリしていると2位ということで「隼扇闘連」全員に記念品が贈呈される。ま、いいか。
一区切りしたところで、お庭に設けられたお茶席で抹茶と干菓子を頂く。
和三本がとても爽やか〜、和菓子好き〜。更に帰りがけ参加記念の桜の作り物と甘い練り物を頂く。
そして行き付けとなった牛鍋屋・米久で心置きなく祝杯を挙げる。デビュー戦が2位なら上々でしょう。
ホロ酔いにおしゃべりと楽しいひと時を過ごした帰り道、お仕事帰りのUららさんと遭遇。
「振袖さん」姿を見るのは初めて。季節柄、桜尽くしの舞妓さんのような姿はまるでお人形。と〜っても可愛らしい。
はっと見回すと人だかり。ドイツからの観光客にはちょっと譲ったものの、浅草の酔っ払いどもを追い払いながら
代わる代わる写真に収める。こんな可愛くて珍しい生き物、通りに置いといちゃいけません。
神谷バーの電気ブランにもそそられたが、今日はこのまま良い気持ちで帰りましょう。
そんな訳で、早々に解散。 年に一度の「雅」な一日でありました。


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■野望の熊野詣■ 2003.11.19〜23

ある日の午後、小説家の森奈津子黒崎薫両女史と三人で、東京から南紀熊野までドライブする事が決定した。

出発は19日深夜。東名高速で一路名古屋を目指すが、ドライバーが黒崎氏ひとりという事もあり、
サービスエリアで休憩を取りながらの割とのんびりした移動だった。
長時間の車移動用に、森氏がボサノバや沖縄民謡の音楽CDを持参との事だったので、
私はちょっとだけウルサイ系を、車酔い防止アイテムと称して持ち込んだ。
がっ、まさか森さんのCDがデッキに対応していないとわっ。申し訳なく平沢進あたりから提出。
まぁ、最後のRAMMSTEINを一番お気に召していただいたのは驚きでした。よかった。
途中、大型トラックの幅寄せや、静岡のサービスエリアでの
「乗せてってください」としつこく食い下がる怪しげな女性をかわしたりしながら、
20日午前8:00頃、奈良県 針テラス到着。そして、うどんを食べる。
これはっ!…西日本の味だぁ〜。うどんはこうでなくちゃ。
食休みに隣接の都祁温泉フィットネスバードでしばし休養を取り、あらためて出発。
通りすがり予定になかった安倍文殊院を参拝。なんと快慶の菩薩像が鎮座していた。
すごい。獅子に乗った文殊さまは美しくかっこいい。
このお寺、安倍清明のご先祖が建立したということで「清明堂」もあったりする。
広くはない境内のお堂を巡り、スタンプリレーを完成させお守りをもらう。偶然訪れただけなのに得した〜。
さらに南下し飛鳥へ。葛入り豆腐とアマゴうどんで昼食。石舞台を冷やかし近くの亀形石造物と酒船石を見る。
なぜか酒船石は写真がブレまくって上手く取れない…。お約束すぎる。
日が暮れてきたので、今夜の宿がある洞川温泉へ向かう。
真っ暗な夜の山道で容赦なく車を跳ばすジモティーに恐怖を覚えつつも無事に宿へ到着。
和室ながら8畳二間続きをゆったり占拠。おお、さすが山の中。
温泉地のはずなのに携帯電話が圏外(ドコモだけOK)。
ところでこの部屋のセーフティーボックスは?あ、無い。そもそも、この障子戸しかない部屋の鍵は……。
ご飯食べてお風呂入って飛鳥で買ったチーズともヨーグルトともつかない「蘇」を食べて就寝。疲れた。



21日午前5:30。ひとつしかない貸しきり露天風呂をGETすべく行動。そりゃぁ、日の出を見る為さ。
山しか見えないお風呂から見る日の出は格別でした。遠くてよく見えなかったけど猛禽も何羽か飛んでいた。
そして早めの朝食をとり、この旅の第一の目的の為に和服に着替える。
10:00、天川神社到着。そう、我々は酔狂にも和服でのご祈祷を受けに来たのだ!
玉串礼拝も滞りなく済ませ「五十鈴」のお守りを手に入れ、村営温泉センターで和服を脱ぎ捨て、
車移動ならではの和服一式持ち込み企画終了。(重いし二度は無いな…)そして次の目的地、熊野を目指す。
が、同行者の「ちょっと寄っていい?」
林道へ入り急な曲がりくねった上り坂を12Km行くと、宇宙の古神を祀る玉置神社。
駐車場で車を降り、修験者の道であり参道でもある崖ップチの道を10分ほど歩き、
ゼーゼー言いながら社へとたどり着く。するとちょうど狩衣を整えながら神主が現れた。
「見てく?」と軽く誘われ、夕課らしき礼拝に参加する。玉串礼拝…今朝経験しておいて良かった。
祝詞で地球平和を祈願しているあたり、この神社の性質がうかがえた。さらに聞くと狩野派の襖絵があるという。
約70枚の重要文化財を目の前にお茶を飲む。近すぎてなんか落ち着かない。
さんざんお守りなどをヒヤカシていたが暗くなってきたので慌てて駐車場へ戻る。
外灯どころか月さえ出ていない状況で、アノ参道を歩くのは不可能です。
それにしても、なんとも気持ちのいい神社だろう。今度はちゃんと時間を取って参拝に訪れたい。
しつこいようだが奈良の夜は暗い。
玉置神社からの林道も真っ暗。ガードレールも無いことを考えると、ドライバーの黒崎さんはどんな気持ちだろう。
怖いので聞かないでいるとなんか臭う。ゴムが焼けたような…って、煙ーっ!フロントガラスにっ!!
ひとまず駐車できるスペースを見つけ、三人とも一目散に車から逃げ出す。
真の闇を前に懐中電灯くらいじゃ点検も出来ず、宿で作っておいたオニギリを食べながら車の様子をうかがう。
しばらく休憩した後さらに山を下る。なんとか麓のガソリンスタンドまでたどり着き車を見てもらうと
「山から下りてきたんでしょ」と、あっさり水をかけられ(私には良く分からないがタイヤ周辺の部分に)解決。
それほど過酷な道のりだったのです。なんとか無事、宿泊地のわたらせ温泉まで辿り着き、
名物という天子酒で安堵の祝杯を挙げる。露天へ行って就寝。生きてるってすばらしい。

22日早朝6:00。水着で入浴できるという川中の温泉 川湯温泉へ。が、増水で休業。
心残りではあったが宿へ戻り西日本最大の露天風呂へ。そして食事して熊野本宮へ。
八咫烏のファンなので一度は来たかった憧れの神社。
そういえば昨日訪れた玉置神社は、熊野奥の宮と呼ばれているそうだ。熊野コンプリートは確実ね。ふふふ。
巨大な木々の間の石階段の参道を行く。社上空には鴉と鳶が飛んでいて熊野参拝の雰囲気を盛り上げる。
憧れの「熊野牛王神符」も手に入ってご満悦。本宮から歩いて5分の元熊野 大斎原大鳥居へ脚を延ばす。
なんでも現在の社はご神体が洪水で流されてしまった為に後から作られたもので、元々はこちらが本場なのだとか。
日本一の巨大鳥居を行くと、やっぱり社が残ってる。人もいないし説明も無いので、
何の神様が祭られているのか分からないが、とりあえず拝んでおく。
帰ろうとしたら境内と呼ぶような所で若い女性が着替えを始めた。
いくら森の中とは言え、いかがなものかと様子をうかがっていると、どうやら巫女装束らしい。
その着付けを手伝う坊主とおば様たちの集団。怪しいのでさっさと立ち去った。
本宮へ戻り「詣で餅」を食し熊野速玉神社へ。熊野の社はホント美しいね。
立ち並ぶ朱塗りの社を一通り参拝し、近所の名物「めはり寿司」の元祖店にて昼食。
近くに天然記念物の「浮島の森」があるというので見に行く。
池に浮かぶ森。まったくそんな感じだが布団を干す民家に隣接するところがおかしい。
底なし沼に腐葉土がたまって出来たものらしいけど確かにふわふわする。変な感じ〜。
ホントは通路から出ちゃいけないんだけど…、ねぇ?
さて、熊野那智大社。大滝、おー(?)。ここでも修験道の石段はかなりきつい。
息が上がる、これはもう観光じゃない!!
内心わたしの事は置いてって…と、かなりへばりつつも割と元気な両氏を追って頂上へ。
這いずるようになんとか登りきり、重文 青岸渡寺のウツクシクもシブ〜イ佇まいに気力がちょっとだけ回復する。
そこで木の幹をくぐる「胎内潜り」をする。一体この旅何度目の生まれ変わりだろう。
疲れたものの、すがすがしい気分で南紀最後の宿へ。
海沿いの露天は寒い〜。吹きッ晒しか〜?真っ暗で何も見えなかったが、ともかく星はきれいだった。



23日早朝、フェリー乗船の為4:00起床。旅館の駐車場から車が出ないなどのハプニングがあったものの、
フェリー乗り場まで無事到着。と思ったらフェリーの出発時間を一時間早く勘違い。
逆に慌てなくて良くなって、これ幸いとコーヒーを飲んだりオニギリの朝ゴハンや、
待合室で一緒になった旅のお兄さんに貰ったみかんを食べたりしていたら朝日の中フェリーが到着し乗船。
同室に他にお客がいなかったので、二等船室貸切でノンビリ過ごしました。
船内ではブリッジ見学や船長の自慢話(橋本ターンという技を持っているらしい・笑)を聞いたりとプラプラしてました。
で、午後6:30頃 川崎到着。おなかも減ったのでファミレスで食事しつつ早くも次回の旅予定を立てる。
どうやら「野望の旅」はまだまだ続くらしい。うう、体力つけなきゃ…。
いろんな意味でクリアーな気持ちになった所で、車で自宅へ届けてもらい旅終了。


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■楽しいロンドン愉快なロンドン■ 2003.5.20〜27

「ロンドン行かない?」
そう電話口で先輩イラストレーターのともみさんに誘われ、なにげに女二人旅は決行された。

20日。正午、成田から出発。映画を見たり窓の外を見たりしていたが、
眼下に流氷が見えるころ生まれて初めて飛行機に酔った…。
12時間ものフライトのせいか気持ちが悪い。 薬を飲んで毛布に包まって休むと
ヒースロー空港へ着くころには回復していた。 時差−8時間。出発した当日に現地に着く不思議。
ひとまず市内への足、地下鉄へと乗り込む。車内、目の前には美味しそうに林檎をかじる女性と、
スタートレックのクリンゴン人のような特殊メイクの女性が。なんかイベント?
さて、無事にロンドンにいる間のホームベースとなる、サウス・ケンジントンのゲインスボロー・ホテルへ到着。
ちょっとこじんまりしていて、ちょっと内装がヴィクトリア調でとても可愛いホテル。手配してくれたともみさん、ありがとう!
緯度が高く、まだ日暮れには時間があるので、近所の散策へ出かける。
高級住宅地らしく「シャネル」やら「ゴルチェ」などの路面店が並んでる。
しかし早くも閉店(午後6時頃)していて、そんな所を見ていてもしょうがないので食事をする。なぜか中華(笑。



21日。朝5:00頃に起床し、シャワーを浴び7:00には食堂へ。
ポアロも好きだという(?)イングリッシュ・ブレックファーストをオーダー。まず紅茶はポットで飲み放題、
ホットディッシュは卵・煮豆・ソーセージ・ベーコン・焼きトマト・マッシュルームにトースト食べ放題。
あとシリアルにフルーツにヨーグルトにジュース…。普段の私の少食ぶりを知っている人が見たら驚くだろうね。
そしてまずはノミの市 カムデンパッセージへ。実はこの旅行記念にアンティークバックを買おうと決めていたのですが、
あああっ、さっそく出会っちゃった!シルバーとレザーの1920年代ヴィクトリアン・バック!!
でも予算オーバー(二倍以上)だよう!!頭を抱える私を横目に店員のおばちゃんってば銀磨き始めるし、
「どこぞの令嬢が持っていた一点ものだ」とか言ってくるし。ともみさんも「似合うよ」と言ってくれるし。
結局、ちょっとまけて貰って買っちゃった。てへ。浮き足立つ中ウォレスコレクションを見に行く。
びっくりした。海外の美術館って入場無料なのね。しかも絵が近いの。
レンブラントを10cmの近さで見られるとは思わなかったわ。
ここは絵の他にも中世の武具などが数多くあって非常に楽しかった。
中庭のカフェで一休みして、デパート・セルフリッジなどをウロウロする。
疲れたので近くのホテル・リッツでお茶を試みるが案の定、予約してないのでOUT。 リッツではなぜか、
アンティークマーケットで見かけた、 いかにもガイジンって風貌の甘いマスクの男が美女に膝間づいていた。???
気を取り直し大好きな「マックイーン」のお店へ。しかぁし、ドレスアップアイテムばかりで普段に着られない品揃え。
このゴージャス・フリフリをどこに着て行けと?



22日。今日も大量の朝ゴハンを食べ、憧れのウェストミンスター寺院へ向かう。
ビッグベンのある国会議事堂を左にながめ、現れるゴシック様式の建物。うつくしー。
縦に縦に伸びる柱、細かな細工のバラ窓、ひんやりとした空気など、
うっとりしながら回廊を回っていると、足元にシェイクスピアの床石を発見、
とりあえず踏んどく。ディケンズ、とりあえず踏んどく。ルイス・キャロル、もちろん踏んどく。
その後チューダー朝の建物のデパート・リバティや、ハーヴィーニコルズでお買い物+昼食。
そしてロイヤルファミリーご推薦のチェルシー・フラワーショウを観覧。
退役軍人もがチケット切するフラワーショウは、老若男女のすごい人だかり〜、
てんとう虫型芝刈り機〜、等身大の妖精像〜、そして花ハナ華〜。さすがガーデニングの本場、
「田舎の壊れた舟付き小屋」なんて演出のお庭が金賞を取っていた。これも自然派志向?

23日。今日もがんばって朝ゴハンを食べ、ロンドン塔へ行く。
緑の丘に立つ石の塀に囲まれた巨大な建築物は壮観です。
早朝で観光客が少ないせいか暇そうな衛兵たち。その向こうから髭を生やし足を引きずった、
と〜っても雰囲気のある老兵が目に入る。すかさず写真をとらせてもらう。
そしてキラキラ好きなのでジュエルハウスへ入る。
世界最大530カラットのダイヤ「アフリカの星」の前は歩く歩道か。チッ、仕方がない。
人がいないのをいいことに王冠の前で足踏みしながらしばし魅入る。
その後、中世の騎士っぽい格好をした案内人などを堪能しロンドン塔観覧終了。
出口付近から見えた戦艦ベルファーストの写真を撮っていると、現地のおじさんが声を掛けて来た。
ちょっと疑いつつデジカメを渡すと、すぐの横のタワー・ブリッジを背景にともみさんとのツーショット写真を撮ってくれた。
持ち逃げされるかも…、と疑ってごめんね、おじさん。
この日は、ともみさんのお友達でロンドン在住のAさんと合流。
観光案内をしていただける事になり、ダブルデッカーでバラ・マーケットへ。
がっ、この時チケットを無くしてしまいAさんに買っていただくことに。さっそくお世話かけます…。
バラ・マーケットはヴィクトリア時代からある架線を利用してあってゴシックな柱が目を引く。
市場は現地の生活が垣間見えて、とても面白い。
いろんな種類のオリーブやダチョウの卵などの興味深い食材が沢山。
ここでは昼食を立ち食いしているビジネスマンも多かった。
聞くとロンドンは物価が非常に高いのでサンドウィッチなどの手軽な食事が一般的なんだそうだ。
市場で軽い晩御飯を購入し、元火力発電所という美術館テート・モダンへ行く。
ここには振り返るとピカソが。角を曲がるとモンドリアンが無造作に並んでいる。ふううぅ〜。
息も絶え絶え階上のシティが一望できるカフェで食事。お勧めはポークサンド。続いてコベント・ガーデンへ移動。
お店が建ち並ぶアーケードを歩いていると大好きなプッチーニの「お父様にお願い」が聴こえて来た。
二階から覗くとカセットデッキで曲を流し声楽の学生らしき女性が歌っている。
そういえば地下鉄の駅でもヴァイオリン弾きの女性がいたし、上手い人なら大歓迎。
コベント・ガーデンはイギリスっぽい文具なんかもあって、お土産を買うにはとてもいい感じ。
ピカデリー・サーカスへ立ち寄りホテルに帰る。この旅2つ目のリンゴを購入。



24日。旅の目的、ミレイ作「オフィーリア」を鑑賞すべく開館直後のテート・ブリテンへ。
絵はすぐ見つかった、がっ、大好きなラファエル前派が目白押し!レイトン、アルマ=タデマ、ワッツ!!
ここに住みたい…。寄付を弾んだ事はいうまでもない。
その後グリーンパークで「ヴィヴィアン」などを冷やかし、サイトシーイング・バスでロンドン市内を観光。
二階席から何かのデモなど見て面白がっていたが、あまりの寒さに途中下車し、
パンキッシュでアンティーク(ホントにそうなのよ)なショップでお買い物。
そして本日のメイン、リッツのアフタヌーンティーの為だけに一旦ホテルに戻って着替え(ジーンズじゃあねぇ)。
リッツでは、アッパー・キングスイングリッシュに迎えられゴージャスなフロアで優雅な雰囲気の中、
食べきれない程のデザートを前に途方にくれるも品のいいお味に大満足で帰路につく。美味しかったぁ〜。

25日。いいかげん胃に負担なので、お茶とトーストのみの朝食をオーダー。
「イングリッシュブレックファーストは?」と何度も聞きにくるウエイター。いらないんだってば。
さて19世紀温室文化の象徴、キューガーデンへ行く。曲線とガラス張りの世界最大の温室はとても素敵です。
広大な敷地には、まるでファンタジー世界の植物のような巨大なモミの木や珍しい花々がたくさん。
広すぎて未確認ですがアナグマの巣もあるらしい。ただフラワーショウと違ってバラはまだ蕾。
でもコマドリもいるしアヒルもいるし雉も…、目の前をヨチヨチとオシリを向けて歩いていて驚いた。可愛すぎる。
一度ホテルへ戻り、テイクアウェイした一人前が巨大なフィッシュアンドチップスを二人で分けて食べる。
ビネガーたっぷりが美味しい。それにしても私の味覚がまずいのか?
よくイギリスの料理はまずいと聞くけれど、私にはどれもとても美味しかったです。
ともみさんも私も、すでに旅の目的をクリアしている為、なんとなく暇ってこともありベイカーストリートへ。
そう、ホームズ博物館だ!おっかなびっくり近づくと、目ざといスコットランドヤードの青年に拉致られる。
当時の生活がしのばれる狭い室内に入ると「ホームズは留守だよ」とワトソン博士(生)がお出迎え。
故ジェレミー・ブレットのブロマイドとドラマサントラCDを手に入れ、
ちょっとナチュラルハイ気味に、ご招待くださったAさんのご自宅へ。
わーい、現地の生活が見られる〜。と、中庭のテラスでホームパーティ中だった。素敵過ぎ。
そして見せていただいた古めかしい石造りの教会での和服女性とスコティッシュ男性との結婚式写真。
こ・れ・は!日本のファンタジー絵描きが我慢出来ようはずがない!
すかさず「スカートプリーズっ!!」
…快く着替えてくださったダンナサマ、さらに装束について詳しく解説してくださったオクサマAさん、
本当にありがとうございました。すごく為に…いえ、とても楽しかったです。
帰り道、100年続くヴィクトリア調のパブで黒ビールを飲む。どうしようもなく満喫。

26日。今日は帰路につくため近所の散策。
教会でミサを眺め聖餅を取り分けたり偽カトリックを演じ、隣接するヴィクトリア&アルバート美術館へ。
ヴィクトリア時代のドレスや近代ファッションの展示なんかもあり、 「マノロ」
「マックイーン」「ヴィヴィアン」の偉大さを再確認。ちょうど開催中のアールデコ展も覗く。
休憩がてら近所で評判のカレー屋で昼食をすませるが、まだ時間があるので、
お土産を買いに行くついでにキングスクロス駅で「ハリポタ」ごっこをしてくる。ちなみに私は映画も本も知らない。
サウス・ケンジントン駅へ戻ると、なんとエスカレータが故障中。一時間後スーツケースを持って利用予定なのに!
命運もここまでかと思いきや空港へ向かうときには直ってた。ほっ。空港でチェックインを済ませ、
空港内のパブで出発を待つ。あっという間だったなぁ〜、と感慨深げに搭乗口へ向かうと、
なぜか私だけ入念なボディチェックを受ける事に。ナニナニ、どーゆー意味なのよ。
機内では梅酒とワインを飲んで寝た。起きたら成田だった。27日3時半。こうして旅行は終わったのでした。


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■ささやかな「幸せ。」■ 初出 実業之日本社『週間小説』2001 No.4

 

絵を描くという事が一番の趣味だった私にとって、
イラストのお仕事を頂けるようになった後に残された最大の趣味は、
能天気にも「幸せ。」を感じながら暮らすというものでした。
そもそも「幸せ。」って…何?
私はまず、仕事の都合上、長い時間を自宅で過ごすこともあり、
居心地の良い部屋作り(巣作りとも言いますね)に取り組むことにしました。
そして現在の部屋に引越しした当初、なぜか「真っ白い部屋に住みたいなぁ。」と思い立ち、
ブラインドおよびファブリックから何から白。食器も青山まで足を伸ばして白を揃えてみたり。
しかし、床は広さゆえ(40uくらいだったかな?)白タイルで覆う事を断念。
希望は家具も白だったけど、実用性を取るとそうも言ってられない。
大体、テレビのブラウン管は黒だった!!
とまぁ、そんな中途半端な状況ですが、お気に入りのコーヒーを真っ白いカップで頂いてみれば、
それなりに満足だったりして、自分に「幸せ。」感を与えることは、そう難しいことじゃないことに気づきました。
誰かが訪ねて来るわけでもないのに、綺麗な花を一輪飾ってみる「幸せ。」、
面白い映画や本を鑑賞する「幸せ。」、美味しい食事やお酒に出会えれば、それもまた「幸せ。」、
思いもよらず楽しい人に出会えたりしたら、それもやはり、とても「幸せ。」な事です。
私も荒唐無稽な夢を見る事はあるけれど、手に入らない希望は抱かない性分らしいです。
でも、豊かな気持ちになれるのなら「幸せ。」な事でしょう?
「幸せ。」は人それぞれです。私は、ささやかだけどたくさんの「幸せ。」を実感中です。
そんな中、結局は仕事となった大好きな絵を描くという事を続けています。
私にとったら、これ以上はない「幸せ。」なのでしょう。
あまり無謀な「幸せ。」は、今のところ希望の中には思い当たりません。
あ、そうだ、もっと多くの思い通りの絵を描きたい、そう願うのは無謀でしょうかね?


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